コウフ狂想曲
■偏愛・理系■ ヴァンフォーレ甲府を中心に諸々を綴るブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告 | トラックバック(-) コメント(-)
甲州人気質と応援
先日の三ツ沢での応援風景で感じた事。
横浜側から応援エリアの指定が事前にあったので、甲府サポがアウエー側に集まるのかな、と思ったがいつもの通りだった。
何故だろう。少し考えてみた。

まず、甲州人気質について調べてみる。
山梨には四方を山々に囲まれ、生活圏も比較的に狭小であるといった地形的・地域的特徴がある。そうしたことから、人の目を気にする、出る杭を嫌う、排他的など、いわゆる「村社会」の負の部分と言えるような気質を持つと言われる。もちろん、勤勉で忍耐力がある、過度の争いを嫌う、相互扶助などの正の部分もあるのだが。

次に、応援について考えてみる。
人を応援という行為に駆りたてるものは何だろう。ひとつは「パフォーマンス(所作)としての楽しみ」であり、また「何かしらの想い入れによるもの」と言ったところだろうか。これを表層とするなら、前者には自己顕示の発散、後者にはその対象に大きな影響をもたらすであろうという妄信と言ったものが深層にありそうだ。
実際のところ、人は深層にあるこれらのものを大きく意識すること無く、それぞれのバランスのなかで応援を「する」、「しない」を選択している。

これは、ある小倉選手応援サイトのなかにある言葉だ。

「好きだから」という理由ひとつで応援を続ければいいのではないか...(中略)
好きだから、真剣になる。怒る。悲しむ。泣く。こだわる。喜ぶ。
そしてやっぱり、応援する...。

応援する行為こそに意義があるという。無償の行為である。
ケガに見舞われながらも現役を続ける選手への強い想い入れが滲む。
運動会で我が子に声援を送る親の姿は、まさに人の目を気にするよりも何かしらの想い入れが勝った瞬間であると思うが、この姿と先のサイトのなかでの言葉がダブルのである。

そう考えると、甲府の場合はまだ、想い入れの方に重心が傾いている人の数が他に比べて少ないのだろう。もちろん、じっくり観戦する事や選手個人への応援が目的であったり、元来そういう事が好きでない人もいる。
しかし、Jリーグのなかで相対的にみても少ないのは、やはり甲州人気質が少なからず影響しているのではないだろうか。
温まるのに時間が掛かる。どうしても、周りの様子をうかがいながら、徐々に徐々にという感じだ。

甲府の応援スタイルはチャントやコールよりも応援歌のほうが多く使われる。そうした事も、とっつき易さといった点では少しハードルが高そうだ。
他を詳しくは知らないが、僕は好きな方である。
掲示板や各サイトでの啓蒙や現場での勧誘等、応援に対する活動も今季は目立つ。もしかしたら、浦和や新潟あたりに小瀬でガツンとやってもらう方が負けず嫌いな甲州人気質には効果的な逆療法になるのかも知れない。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
  [必須]
  [必須]
URL:
Comment: [必須]
Pass:   [入力すると編集、削除が可]
Secret:   [管理者にだけ表示を許可する]
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。