コウフ狂想曲
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記憶に残るスタジアム
ワールドカップ・ドイツ大会にむけてのアジア最終予選が6月3日に再開される。前回の日韓共催によるワールドカップでは予選が免除であったため、日本代表は8年ぶりの予選を戦っている。
決まるまで、ハラハラドキドキ。8年前もそうであった。

1997年11月1日、ワールドカップ・フランス大会への出場をかけて、日本代表はアウエーで韓国戦に臨んだ。9月のホーム国立で韓国に負け、その後の3戦を引き分けてしまった為、もう後がない状況になっていた。
しかしこの試合、名波と呂比須であげた前半の2得点を守り切り、2-0で勝利する。ドーハの悲劇がよみがえり、ダメかもしれないとの疑心が大きくなっていたが、それを振り払う勝利だった。
まさに崖っぷちからの生還、といった気分であった。
そしてその後、日本代表は「ジョホールバルの歓喜」により本大会出場を決めた。

この韓国戦のキックオフ前の光景を伝える文章を紹介する。

『蚕室(チャムシル)オリンピック・スタジアムを揺るがすような巨大な赤い波が再び青いエリアにさしかかった時、私には、ウェーブを終えた韓国人たちが息をのんだように感じられた。
波は、途切れなかった。
色を変え、むしろ勢いを増して伝わっていく波を見ると、青を包み込むような形で陣取ったスタンド全体から暖かい拍手が沸き起こった。青が赤に伝わり、反対サイドまで到達すると、今度は日本人サポーター席から大歓声があがった。
波は波を呼び、拍手は拍手を呼んだ』 
                       <決戦前夜(金子達仁)より抜粋>

最近の世情のような憎しみ、嫌悪の連鎖からは何も生まれない。
国立競技場では途切れてしまった波が、蚕室オリンピックスタジアムでは途切れることなく繋がった。日本の勝利とこんな光景も手伝って、この一戦は思いで深いゲームとなっている。

その7ヶ月後。
1998年6月14日、日本代表が初出場したワールドカップでの初戦の日である。対アルゼンチン戦が数時間後に迫った、この待ちに待った記念すべき日に、仕事の関係で(と言うと聞こえは良いが)韓国にいた。

金浦空港から漢河(ハンガン)沿いにオリンピック大路をホテルへと向かう。チャムシル・オリンピック・スタジアムソウル市内を東へ進むと、蚕室総合運動場内にあるオリンピックスタジアムが車窓に姿を現す。李朝白磁の優雅さをモチーフにしたとされる、独特の外観を持つそのスタジアムは、遠目から見ても充分に美しかった。
と同時に、あの韓国戦を思い出してひとり感慨にふけった。
「あー、ここで戦ったんだなぁ・・・」
アウエーのスタジアムなのに、妙に懐かしいような奇妙な感覚になった事を憶えている。

改修が進む小瀬競技場。
生まれ変わった小瀬が、大きな歓喜に包まれる日はいつだろうか。
多くの人々の記憶に残るスタジアムになって欲しい。
どんな形になるのか。せめて、完成予想図くらい見たいものだ。
改修中の小瀬
改修中の小瀬競技場・アウエーゴール裏側
コメント
この記事へのコメント
小瀬の完成予想図
先日の山形戦の再放送を見ていた時、
やっぱりアウェイゴール裏の映像を見て興奮した。
どんな感じになるのだろうかと・・・

千葉の蘇我スタジアムはこんな感じになるそうである;
http://pocket-united.com/soga2003/sta.html

小瀬もこんな予想図が見たいですよネ、絶対に!
2005/05/24(火) 20:41:35 | URL | TKラプソディ [ 編集]
千葉、いいなぁー
スタジアムそのものも素晴らしいけど、
こういった情報を入手出来るのが、良いですね。

雨水の再利用とか、工夫されてるんですね。
なかなか良い専用スタジアムです。

小瀬も外観パースくらいは公開して欲しいですね。
2005/05/24(火) 22:01:48 | URL | VFカプリッチオ [ 編集]
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