コウフ狂想曲
■偏愛・理系■ ヴァンフォーレ甲府を中心に諸々を綴るブログ
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ヒデが語る
先日、テレビ朝日の報道ステーションのスポーツコーナーで中田英と村上龍氏との短いインタビューが紹介された。
甲府で生まれ、日本代表から世界的な選手にまで登りつめた中田。
いつの日か、VF甲府からも日本代表が生まれるのかな、そう言えば、京都へ行った美尾がU-18日本代表だった以降、甲府にはどのカテにも現役の代表がいないのかな、あれ、美尾ってロンブーのアツシに似ているな、などとどうでもいい事を思いながらテレビに見入った。

ワールドカップ最終予選のイラン戦とバーレーン戦を終え、「システム云々より、個としての強さをもっと出していかないと戦えない」と中田は言う。
また、以前伝えられた練習での「口論」に対しても、「コミュニケーションを図らなければ解決できない」と簡単な例え話を交えながら、その必要性を説く。「イタリアではもっとガツガツくるよ。・・・もっと日本の選手もいかなきゃ」
体験を踏まえているからこそ、その言葉には説得力がある。

また、ゲームを終えた瞬間、選手はこう感じなければいけないと話す。
「全部やって、やっと終わった」
2002年のワールドカップ決勝トーナメント、対トルコ戦では全てを出し切れなかった、と言う。それは相手との力関係からではなく、自身に内在するものとの関係においてのようだ。どこかに達成感があり、戦うためのモチベーションがすでに残っていなかった、と言う事だろうか。

そして最後に「一番嫌いな言葉だけれど、」と前置きをしながら「死ぬ気でやらないと・・・」と最終予選への決意を語っている。
クールガイも8年前、4年前と立場が変われば自然と言葉も変わる。
素直な言葉が多くなった?と感じたインタビューだった。
選手としては実にまっとうな発言かな、と感じた訳だが、さて、ジーコ監督はどのような采配を見せるのだろうか。

「神通力」に陰りが見え始めた、先のキリンカップ。
個としての輝きが選手自らの責務の上にあるならば、指揮官の責務とは、個を個と感じさせない程に全体をまとめ上げる事ではないだろうか。
しかし、ジーコ監督の手法はそれとは違うようだ。

ここへ来て、小野が右足甲の疲労骨折により戦線を離脱した。
厳しいドイツへの道である。
それでもこの状況を打破するには、個の力に頼らざるを得ないだろう。
予選突破への大事な一戦、キックオフは6月3日25:35(日本時間)。

必勝を期して、アジアの最果てに念を送る。
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「バーレーン戦」に関するブログ記事から興味深いものを選んでみました。ぜひ、読み比...
2005/06/03(金) 00:12:39 | ブログで情報収集!Blog-Headline
 以前から、幾度と指摘してきたことだが、ジーコは監督としての機能を果たしているのだろうか・・・。彼の価値は、過去の栄光がもつネームバリューしかないと私は感じている。ジーコ・Japanという看板のために、日本サッカー協会は1億8000万もの大金を垂れ流しているのだ。
2005/06/03(金) 11:03:11 | サッカーで大切なこと
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